みぞおちの痛みや胃もたれ、空腹時の不快感などは、日常的によくある症状ですが、その裏には「胃潰瘍」や「十二指腸潰瘍」が隠れていることがあります。 これらは適切な治療を行えば完治が見込める病気ですが、放置すると出血や穿孔(胃に穴があくこと)などの重篤な状態につながることもあります。 少しでも気になる症状がある場合は、我慢せずにご相談ください。
胃・十二指腸潰瘍とは、胃や十二指腸の粘膜が深く傷つき、壁がえぐれたようになってしまう病気です。これらを総称して「消化性潰瘍」と呼びます。
本来、胃は食べたものを消化するために、強い酸性の「胃酸」や消化酵素を分泌しています。これらは非常に強力な力を持っていますが、通常は「粘液」などの防御機能が働くことで、胃そのものが溶かされることはありません。 これを「攻撃因子(胃酸など)」と「防御因子(粘液など)」のバランスと言います。
しかし、何らかの原因でこのバランスが崩れ、防御機能が低下したり、胃酸の攻撃力が強くなりすぎたりすると、自分の胃酸によって自分の粘膜を傷つけてしまいます。これが潰瘍の正体です。
・胃潰瘍:40代~60代の方に多く見られます。
・十二指腸潰瘍:20代~40代の比較的若い世代に多く見られます。

胃や十二指腸の潰瘍は、できる場所によって痛みの出るタイミングや特徴が異なります。ご自身の症状と照らし合わせてみてください。
・みぞおち(上腹部)周辺の鈍い痛み、うずくような痛み
・胸やけ、酸っぱい液体が上がってくる(呑酸)
・胃もたれ、お腹の張り
・吐き気、嘔吐
・食欲がわかない
・背中の痛み(潰瘍が背中側にある場合)
・胃潰瘍の場合 食後に痛みが出ることが多いのが特徴です。食べ物が胃に入り、胃酸の分泌が活発になると痛むため、食欲が落ちることがあります。
・十二指腸潰瘍の場合 空腹時や夜間に痛むことが多いのが特徴です。胃の中が空っぽの時に胃酸が十二指腸へ流れ込んで刺激するためです。食事をとると胃酸が中和され、一時的に痛みが治まることがあります。
特に高齢の方や、痛み止め(鎮痛薬)を常用している方に見られる傾向ですが、深い潰瘍ができているのに痛みを感じないことがあります。 これを「沈黙の潰瘍」と呼ぶこともあり、突然の吐血や下血で初めて気づくケースも少なくありません。「痛くないから大丈夫」と過信せず、定期的な検査を受けることが大切です。
潰瘍が進行し、血管が傷つくと出血を起こします。以下のような症状は緊急性が高いため、速やかに受診してください。
・黒色便(タール便) 海苔の佃煮のような、黒くてドロッとした便が出ます。これは胃や十二指腸で出血した血液が胃酸と混ざり、時間が経って黒くなるためです。
・貧血症状 少量の出血が長く続くと、めまい、立ちくらみ、動悸、息切れなどが起こります。
・吐血 コーヒーの残りカスのような茶褐色のものを吐いたり、鮮血を吐いたりします。
・激しい腹痛(穿孔) 潰瘍が深くなりすぎて胃や十二指腸の壁に穴があいてしまった状態(穿孔)です。突然の激痛とともに腹膜炎を起こし、緊急手術が必要になる場合があります。

かつては「ストレス」が主な原因と考えられてきましたが、現在では主な原因のほとんどが「ピロリ菌」と「薬剤」であることがわかっています。
胃・十二指腸潰瘍の最大の原因です。ピロリ菌は強力なウレアーゼという酵素を出して自身の周りにアンモニアを作り出し、強酸性の胃の中でも生息できる細菌です。 このピロリ菌が粘膜を傷つけ、慢性的な炎症を引き起こすことで、粘膜の防御機能を弱らせてしまいます。ピロリ菌に感染していると、潰瘍の再発率は非常に高くなります。
腰痛、関節痛、頭痛などで処方される「痛み止め(解熱鎮痛薬)」や、脳梗塞・心筋梗塞予防の「抗血小板薬(血液サラサラの薬)」などが原因となるケースです。 これらの薬は、炎症や痛みを抑える働きと同時に、胃の粘膜を守る物質(プロスタグランジン)の生成も抑えてしまう副作用があります。 特に高齢化に伴い、薬の副作用による潰瘍は増加傾向にあります。
強い精神的・肉体的ストレスは、自律神経のバランスを崩し、胃酸の分泌過多や血流障害を引き起こします。ストレス単独で潰瘍になることは減っていますが、ピロリ菌感染などのベースがある状態で強いストレスがかかると、発症の引き金になります。 その他、喫煙、過度の飲酒、暴飲暴食もリスク要因です。

確実な診断のためには、胃内視鏡検査(胃カメラ)が不可欠です。
・胃内視鏡検査(胃カメラ) 胃や十二指腸の内部を直接モニターで観察します。潰瘍の大きさ、深さ、出血の有無、場所を正確に把握できます。 また、胃潰瘍の場合は「胃がん」との区別が非常に重要です。見た目だけでは判断が難しい場合があるため、組織の一部を採取(生検)し、良性の潰瘍か悪性(がん)かを顕微鏡で調べる検査を行うこともあります。
当院では、患者様の苦痛を軽減するために、鼻から入れる細いカメラ(経鼻内視鏡)や、鎮静剤を使って眠ったような状態で受けられる検査など、負担の少ない方法を選択していただけます。

現代の治療は、手術ではなく「薬による治療」が中心です。原因に応じた適切な治療を行えば、多くの方は手術をせずに治癒します。
治療の基本です。胃酸の分泌を強力に抑える薬(PPI:プロトンポンプ阻害薬、またはP-CAB:カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)を服用します。 これにより胃の中の酸性度を下げ、粘膜が修復する時間を稼ぎます。症状は数日で改善することが多いですが、粘膜が完全に治るまでには6週間〜8週間程度かかります。自己判断で服用を止めず、医師の指示通りに飲みきることが完治への近道です。
ピロリ菌陽性の方は、潰瘍が治っても菌がいる限り高確率で再発します。そのため、潰瘍の治療と並行して、あるいは治癒後に「除菌治療」を行うことが推奨されます。 2種類の抗菌薬と胃酸を抑える薬を1週間服用します。除菌に成功すれば、潰瘍の再発率は劇的に低下します。
痛み止め(NSAIDs)が原因の場合は、可能であればその薬を中止するか、胃への負担が少ない別の種類の薬に変更します。 どうしても痛み止めを中止できない場合(脳梗塞予防のアスピリンなど)は、胃酸を抑える薬や胃粘膜保護薬を併用して、胃を守りながら治療を継続します。

治療中は、胃腸に負担をかけない生活を心がけましょう。
・痛みが強い時期 消化の良いものを、少量ずつ数回に分けて食べましょう。 おすすめ:おかゆ、煮込みうどん、白身魚、豆腐、卵、バナナ、リンゴなど。
・避けたほうがよいもの 胃酸の分泌を高めるものや、消化の悪いものは控えましょう。 控えるもの:香辛料(唐辛子、カレーなど)、カフェイン(コーヒー、濃いお茶)、炭酸飲料、アルコール、脂っこい肉料理、食物繊維が硬い野菜(ゴボウ、タケノコなど)。
・禁煙をする タバコは胃の血流を悪くし、粘膜の修復を遅らせます。また、再発の最大のリスク因子の一つです。
・規則正しい生活 十分な睡眠と休息をとり、ストレスを溜めないようにしましょう。
・食後の過ごし方 食後すぐに寝転がると胃酸が逆流しやすくなりますが、リラックスして座って休むことは消化を助けます。夕食は就寝の2〜3時間前までに済ませるのが理想です。

胃・十二指腸潰瘍は「治る病気」ですが、同時に「繰り返しやすい病気」でもあります。 症状が消えたからといって、自分の判断で薬をやめてしまうのが一番の再発原因です。 ピロリ菌の除菌を含め、原因を根本から断つ治療を最後までしっかりと行いましょう。 みぞおちの痛みや、黒っぽい便などのサインがあれば、早めに当院までご相談ください。