甲状腺機能異常とは、喉仏の下にある甲状腺という臓器から分泌されるホルモンの量が、多すぎたり少りすぎたりすることで生じる病気です。
甲状腺ホルモンは、いわば体の「元気の源」であり、新陳代謝を活発にし、心臓や胃腸の働きを調整し、体温を一定に保つなど、生命維持に欠かせない重要な役割を担っています。
このホルモンのバランスが崩れると、全身にさまざまな不調が現れます。しかし、その症状は「疲れ」や「ストレス」、「更年期障害」などと似ていることが多く、病気だと気づかずに長年悩まれている患者さんも少なくありません。
甲状腺の病気は、大きく以下の2つのタイプに分けられます。
・甲状腺機能亢進症(ホルモンが多すぎる状態)
・甲状腺機能低下症(ホルモンが足りない状態)
甲状腺機能亢進症とは、甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、全身の代謝が異常に高まってしまう状態です。 例えるなら、自動車のアクセルを常に踏みっぱなしにして、エンジンが空ぶかしされているような状態と言えます。 エネルギーを激しく消耗するため、じっとしていてもジョギングをしているような負担が心臓や体に掛かり続けます。
主な原因には以下のものがあります。
・バセドウ病(最も多い原因です)
・無痛性甲状腺炎(一時的なホルモン漏出)
・亜急性甲状腺炎(ウイルス感染などが関与する炎症)
・機能性甲状腺結節(プランマー病)
甲状腺機能亢進症の原因として最も多く、特に20代から40代の女性に多く見られる病気ですが、男性や高齢の方にも発症します。 これは自己免疫疾患の一つで、自分自身の体を守るはずの免疫システムに異常が生じ、甲状腺を刺激する抗体(TSH受容体抗体/TRAb)が作られてしまうことで起こります。この抗体が甲状腺を絶えず刺激し続けるため、ホルモンが過剰に作られてしまいます。
発症のきっかけは完全には解明されていませんが、強いストレス、過労、喫煙習慣、出産、感染症などが引き金になることがあると言われています。
放置すると、心房細動などの不整脈や心不全、骨粗しょう症の原因になるほか、強いストレスなどが加わった際に甲状腺クリーゼという命に関わる重篤な状態に陥るリスクもあります。
新陳代謝が活発になりすぎることで、心身に多彩な症状が現れます。
〇全身の症状
・暑がりになり、異常に汗をかく
・微熱が続く
・疲れやすい、だるい(脱力感)
・食欲が増してたくさん食べるのに、体重が減る
〇心臓・血管の症状
・動悸がする(安静にしていても脈が速い)
・息切れがする(階段の上り下りがつらい)
〇精神・神経の症状
・手が細かく震える(字が書きにくい、箸がうまく使えない)
・イライラする、落ち着きがない
・不眠、集中力が続かない
〇その他の症状
・首の下(甲状腺)が全体的に腫れる
・下痢をしやすくなる、軟便になる
・月経不順、無月経
・目が大きく見える、眼球が前に出る(バセドウ病眼症)
高齢者の場合は、典型的な症状が出にくく、体重減少や食欲不振、心房細動だけが見られることもあるため注意が必要です。
診断には、問診や触診に加え、以下の検査を行います。
〇血液検査
・甲状腺ホルモン(FT3、FT4)が高く、甲状腺刺激ホルモン(TSH)が低いことを確認します。
・バセドウ病特有の抗体(TRAb、TSAb)の有無を調べます。
〇超音波検査(エコー)
・甲状腺の大きさや血流の状態、しこりの有無を確認します。バセドウ病では血流が豊富になるのが特徴です。
治療には主に3つの方法があり、年齢や病状、ライフスタイルに合わせて選択します。
甲状腺ホルモンの合成を抑える飲み薬(メルカゾール、チウラジールなど)を使用します。最も一般的な治療法です。
・メリット:外来通院で治療でき、入院や手術の必要がありません。
・注意点:服用期間は通常1〜2年以上と長期間に及びます。飲み始めの2〜3ヶ月以内に、稀ですが副作用(白血球減少、肝機能障害、皮疹など)が出ることがあるため、定期的な血液検査が必須です。
放射性ヨウ素のカプセルを服用し、放射線の力で甲状腺の細胞を減らす治療です。
・メリット:手術をせずに甲状腺を小さくでき、高い効果が期待できます。
・注意点:将来的に甲状腺機能低下症になる可能性が高く、その場合はホルモン剤の服用が必要になります。妊婦や授乳中の方、近い将来妊娠を希望される方は受けられません。
甲状腺の一部または全部を手術で取り除きます。
・メリット:確実にホルモン値を下げることができ、治療期間が短く済みます。甲状腺の腫れが大きい場合や腫瘍がある場合に適しています。
・注意点:入院が必要で、首に傷跡が残ります。
甲状腺機能低下症とは、血液中の甲状腺ホルモンが不足し、全身の代謝が低下してしまう状態です。 亢進症とは逆に、自動車のアクセルを踏んでもエンジンが回らない、あるいはガス欠を起こしているような状態です。 全ての身体機能がスローダウンするため、老化現象やうつ病、腎臓病などと間違われることがよくあります。
原因は、甲状腺そのものに問題がある場合(原発性)と、脳からの指令に問題がある場合(中枢性)に分けられますが、圧倒的に多いのは前者です。
甲状腺機能低下症の原因として最も多く、成人女性の10人に1人、あるいはそれ以上の割合で見られる非常に身近な病気です。 自己免疫によって甲状腺に慢性的な炎症が起き、長い時間をかけて甲状腺の細胞が壊されていくことで、ホルモンを作る力が弱まります。ただし、橋本病と診断されても、甲状腺機能が正常で治療の必要がない方も多くいらっしゃいます。
昆布などの海藻類や、ヨウ素を含むうがい薬の使いすぎにより、一時的に甲状腺ホルモンが作られにくくなることがあります。
バセドウ病の治療(手術やアイソトープ)や、甲状腺がんの手術後に機能低下症になることがあります。
脳の下垂体という部分に腫瘍などができ、甲状腺に「ホルモンを出せ」という指令(TSH)が出せなくなる稀なケースです。
症状はゆっくりと進行するため、ご自身でも変化に気づきにくいことがあります。
・疲れが取れない、無気力
・寒がりになる(夏でも厚着をしたくなる)
・体重が増える(食事量は変わらない、あるいは減っているのに太る)
・声が枯れる(嗄声)
・皮膚が乾燥してカサカサする
・顔や手足がむくむ(指で押してもへこみが戻らないむくみが特徴です)
・髪の毛が抜ける、眉毛の外側が薄くなる
・眠気が強い、居眠りをしてしまう
・記憶力が低下する、物忘れが増える
・動作がゆっくりになる
・気分が落ち込む(うつ状態)
・脈が遅くなる
・頑固な便秘
・月経の量が増える、期間が長くなる
不足している甲状腺ホルモンを補う治療を行います。
人間が体内で作っているホルモンと同じ成分の薬を服用します。
・この薬は副作用が極めて少なく、適切な量を服用していれば長期間飲み続けても体に害はありません。妊婦さんでも安心して服用でき、むしろ妊娠中は胎児の発育のために非常に重要です。
・血液検査でホルモンの数値を定期的にチェックしながら、薬の量を調整します。
・昆布の過剰摂取が原因の場合は、食事制限のみで回復することもあります。
治療を開始してホルモン値が正常化すれば、症状は劇的に改善し、健康な人と全く変わらない生活を送ることができます。
甲状腺の病気は、一般的な健康診断の項目には含まれていないことが多く、発見が遅れることがあります。 しかし、専門の医療機関で血液検査(甲状腺ホルモン検査)と超音波検査を行えば、比較的簡単に診断をつけることが可能です。
・「理由もなくドキドキする」
・「しっかり寝ているのに疲れが取れない」
・「急に痩せた、または急に太った」
・「首元が腫れている気がする」
・「家族に甲状腺の病気の人がいる」
このような心当たりがある方は、我慢したり「年のせい」と諦めたりせず、一度ご相談ください。甲状腺疾患は、適切な治療を行えば症状をコントロールし、元気に過ごすことができる病気です。